同窓会より 開設のお知らせ 2024年4月23日 / 千葉県立成東高等学校卒業生等で構成する「成東九十九(つくも)同窓会」が運営する公式ホームページです。 令和6(2024)年7月から、新たに同窓会単独で公式ホームページを立ち上げました。 会員情報の変更等もこのページで行えます。なにとぞよろしくお願いします。 管理人(Tainak56)より
鈴木正美 2024年8月6日 at 4:41 AM 返信 成東高校同窓会&懇親会、参加の皆様お疲れ様でした。 同窓会単独のホームページ開設により、同窓生の情報共有が一層進むことを願います。 早速試験送信してみました。
今関公雄 2026年1月7日 at 10:50 PM 返信 「私の野球人生~恩師からの学び~(行木泰弘)」(成東高校同窓会報 第15号)を拝読しました。次から次へと当時が思い出されます。 私が高校3年生だった昭和45年、夏の高校野球千葉県大会で成東高は順当に勝ち進み、県代表として茨城県代表との甲子園出場を決める東関東大会の決勝戦で強豪・銚子商高と対戦。1回表に先制点をあげるも8回裏に逆転を許し惜しくも準優勝に留まりました。今でもその時の悔しさが蘇ります。その頃、成東高野球部は幾度となく甲子園出場まであと一歩届かず、いつしか「悲運の成高」と言われるようになりました。 19年の歳月が流れた平成元年7月31日、拓大紅陵高との千葉県大会決勝戦。5回に1点先取、その1点を守り切り試合終了。と同時に球場は歓喜の渦に包まれました。「夢の甲子園」は現実となったのです。バックネット裏で応援していた私は、まさに時間が一瞬止まったかのような感覚を味わったことを今でもはっきりと覚えています。そして、このチームの主将を務められていたのが行木選手でした。 私が卒業して56年。今でも当時の暮らしや出来事、そして高校生活を思い出します。クラス会もずっと続いて年2回地元で行われています。お互い年齢を重ねはしましたが、学友との交流は穏やかでゆったりとした実に心地良いものです。 行木さんも後進の指導に当たられているとのこと。ご自身の甲子園出場経験や野球を通して得られた貴重な体験を後輩たちにしっかりと教え伝えていく、これがまさに成東高野球部の良き伝統そのものではないかと思います。 創立120年を超える歴史ある母校で高校生活を過ごせたことは私の誇りです。また、それは私の一生の宝です。
今関公雄 2026年1月13日 at 8:31 AM 返信 本年1月7日の私のコメントで一部内容に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。 昭和45年夏の高校野球東関東大会決勝戦・対銚子商高戦についての文章の中で、「1回表に先制点をあげるも8回裏に逆転を許し惜しくも準優勝に留まりました。」を「1回表に先制点をあげるも5回裏に同点とされ、さらに9回裏サヨナラ負け」と訂正いたします。 当時、野球部主将の坂瑞夫君から先日指摘を受けました。たいへん失礼いたしました。
3件のコメント
鈴木正美
成東高校同窓会&懇親会、参加の皆様お疲れ様でした。
同窓会単独のホームページ開設により、同窓生の情報共有が一層進むことを願います。
早速試験送信してみました。
今関公雄
「私の野球人生~恩師からの学び~(行木泰弘)」(成東高校同窓会報 第15号)を拝読しました。次から次へと当時が思い出されます。
私が高校3年生だった昭和45年、夏の高校野球千葉県大会で成東高は順当に勝ち進み、県代表として茨城県代表との甲子園出場を決める東関東大会の決勝戦で強豪・銚子商高と対戦。1回表に先制点をあげるも8回裏に逆転を許し惜しくも準優勝に留まりました。今でもその時の悔しさが蘇ります。その頃、成東高野球部は幾度となく甲子園出場まであと一歩届かず、いつしか「悲運の成高」と言われるようになりました。
19年の歳月が流れた平成元年7月31日、拓大紅陵高との千葉県大会決勝戦。5回に1点先取、その1点を守り切り試合終了。と同時に球場は歓喜の渦に包まれました。「夢の甲子園」は現実となったのです。バックネット裏で応援していた私は、まさに時間が一瞬止まったかのような感覚を味わったことを今でもはっきりと覚えています。そして、このチームの主将を務められていたのが行木選手でした。
私が卒業して56年。今でも当時の暮らしや出来事、そして高校生活を思い出します。クラス会もずっと続いて年2回地元で行われています。お互い年齢を重ねはしましたが、学友との交流は穏やかでゆったりとした実に心地良いものです。
行木さんも後進の指導に当たられているとのこと。ご自身の甲子園出場経験や野球を通して得られた貴重な体験を後輩たちにしっかりと教え伝えていく、これがまさに成東高野球部の良き伝統そのものではないかと思います。
創立120年を超える歴史ある母校で高校生活を過ごせたことは私の誇りです。また、それは私の一生の宝です。
今関公雄
本年1月7日の私のコメントで一部内容に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。
昭和45年夏の高校野球東関東大会決勝戦・対銚子商高戦についての文章の中で、「1回表に先制点をあげるも8回裏に逆転を許し惜しくも準優勝に留まりました。」を「1回表に先制点をあげるも5回裏に同点とされ、さらに9回裏サヨナラ負け」と訂正いたします。
当時、野球部主将の坂瑞夫君から先日指摘を受けました。たいへん失礼いたしました。